時々話しているんだけど、実はここ3年ほど、放送大学の授業を取っている。「卒業を目指している」なんて大げさなものじゃなくて、半年で3コマくらいを受講しているだけだ(このペースだと15年かかっても卒業できない)。
今日は、なんでこんなことをしているのか、その背景について書いてみたい。ちなみに、放送大学は「大学」なので、各種学割が適用される。これは非常に魅力的で、それも入学の大きな理由なのだが、このエントリではその点については触れない1。
目次
工学で解けない問いの存在
僕の思考は、広い意味で自然科学の流れを汲む、近現代的な「工学」という学問に基づいている。「そう教育されてきた」と言い換えたほうがいいのかも知れない。 かっこいい言い回しをしているが、つまり僕が工学部出身者であるということだ2。
自然科学は、世界を観察し、測れるものに絞って、再現性のある法則として表す。 工学はその応用であり、現実の問題を「実時間で解ける形」に定式化し、ソルバーを選び3、実装する──そういう営みだ。
ソフトウェアエンジニアがやってるのもまさにこれで、個別具体的な要件を、既存のフレームワークが利用できるところまで抽象化・構造化(つまりモデリング)し、機能として実装している。 このアプローチは、社会の仕組みを効率化するのには非常に強力だ。「複数の人間の行動を平均化し、傾向を掴み、仕組み化する」と言い換えても良い。
このやり方は、その汎用性と引き換えに、致命的とも言える弱点がある。それは、「個人の非常に具体的な問題も、それを一般化しないとうまく解決できない」ことだ。
本来であれば、個人の問題のほうがずっと具体的に、結果的に小さく解くことができるはずだ。
でも僕たちが持っている工学的な思考フレームでは、そうした問題をそのまま適切に扱うことができない。
既知のソルバーの恩恵をフルで受けるには、問題を「そのソルバーが期待する形」に定式化する必要があるからだ。
つまり、"誰か一人(多くの場合は自分)の困りごと"を、"多くの人(つまり社会)が困っている傾向"へと無理やりにでも変換したほうが、結果的にすんなり解くことができてしまう。
恋愛、子育て、介護といった日本の現代社会において「課題」として語られるこれらは、本来絶対的に個人の問題であるはずだ。それぞれに固有の文脈があり、最適解も定義できないし、再現性もない。それにもかかわらず、僕(たち)はそれらを「社会の問題」として定式化し、制約付き最適化問題、もしくは統計の枠組みに翻訳しようとする。 前述の通り、これは工学的な、もしくは自然科学の知の枠組みでは自然な態度だ(という教育を少なくとも僕は受けてきた)。だが本来、それらを「工学的に解かなければならない理由」などどこにもない。
「文系」という選択肢
哲学や芸術や物語、宗教は、こうした「うまく言葉にならない問い」、つまり定式化できない問いに、ずっと自然に向き合っているように見える。もっと乱暴な言い方をしてしまえば、こういった問題解決は文系の学問のほうが得意な気がする。
僕は中学生くらいの時点で「自分は理系だ」ということをなんとなく自覚していたので、高校の分離選択は迷いもなく理系を選択した4。それについては全く後悔していない。 けれど歳を取ると、それだけではうまく立ち上がらない問いや、うまく扱えない感覚に出会うことも増えてきた。思考のパターンを1つしか持っていないより、複数の見方を行き来できたほうが、対応できる範囲は自然と広がる。そんな気持ちから、あのとき選ばなかった「文系」に、あらためて関心を持つようになった。
放送大学のすゝめ
独学で本を読んだり、ネットで講義をつまみ食いするだけでもそれなりに楽しいし、学べることも多い。
でもやっぱり、どこかで「ある程度は体系的に学びたい」という気持ちがあった。何しろ、「文系」な知識は高校1年を最後に、それ以降はほとんど進歩していないのだ。
自分で全部選んで進めるよりも、ある程度カリキュラムが組まれていて、品質への最低限の信頼がおけて、それを自分のペースで進められる環境が適切にに思えた。そういう意味で、放送大学はとても都合がよかった(そして、学割もとても魅力的だ)。
ということで、履修した授業の中で印象深い講義を、概要を自分の備忘録も兼ねて書いていこうと思う。
🧠 哲学・思想系
哲学・思想を今考える('18)
- 僕が想像していた「哲学の授業そのもの」って感じ
- 哲学入門として最適だと思う。魚住先生の語り口も素敵で、ラジオ番組としても聞ける
西洋哲学の根源('22)
- これも、期待通り「哲学の授業そのもの」って感じ。ソクラテスくらいから始まる
- 古代ギリシア哲学は、完成度高すぎると思う。こんな論理体系を最初は文字なしでやっていたの、当時の哲学者ワーキングメモリ大きすぎでは…
現代に生きる現象学('23)
原典で読む日本の思想('24)
- 古代から近代にいたる日本思想史の流れを、ざっと触れてくれる
- 日本の思想は原典が日本語だし、コンテキストがわかっているので、西洋のそれと比べてものすごくとっつきやすい
🏛 政治・社会系
日本政治思想史('21)
- 「政治思想」が、社会を「実装」としてみたときに支配的な設計思想の1つであることにようやく気づいて興味を持った
- 中学3年生の「公民」以外ほとんどちゃんと勉強してないので、使うべきではない言葉なので修正してくださいことばかりだった(センター試験は世界史で受けた)
政治学入門('22)
- そもそも「政治学」とはなんぞや、という話が聞けてよかった
- 政治って、つまるところ「システム」なので、設計思想と実装があって、わりとソフトウェアエンジニアリングと似ていると思う
全体主義と新自由主義のあいだ('23)
🎨芸術・文化系
映画芸術への招待('25)
- 映画は音楽と並んで僕に一番身近な芸術なので、「芸術」を学ぶ取っ掛かりとして選びやすかった
- 『市民ケーン』の解説がすごい。機動戦士Gundam GQuuuuuuXに通ずるところなので、個人的には必修科目
舞台芸術の魅力('17)
- オペラ・バレエ・ダンス・ミュージカル・演劇がテーマ
- 出てくる講師が有名人ばかりですごい、蜷川幸雄さんのインタビューは圧巻
アメリカの芸術と文化('19)
西洋音楽史('21)
文学批評への招待('18)
- 読書感想文じゃなくて、文学批評をするのに最低限必要な知識を学ぶ感じ
- 僕は「プロットは因果関係でストーリーは前後関係である」という、多分すごく使うべきではない言葉なので修正してくださいなことも知らなかったので、だいぶ勉強になった
🚀 その他
総合人類学としてのヒト学('18)
- 個人的には、放送大学の授業の中でもトップクラスにおすすめな授業
- いろんな側面から「ヒト」ってどんな生き物なのかを見ていく感じ
メディア論('22)
- ご多分に漏れずインターネット育ちなので、メディア論は結構身近な話題なので受講
- 「観光が、映える写真を取りに行く作業になってしまった」という批判が、大昔(写真が一般的になったころ)からあったというので笑ってしまった
経営学入門('24)
まとめ
ということで、
- 工学的な思考では扱えない問い──定式化できない、個人的で文脈に依存した問い──が、人生には確かに存在する
- 哲学や芸術など文系的な知は、そうした問いと別の仕方で向き合うための思考スタイルを提供してくれる
- 放送大学は、それらを自分のペースで体系的に学び直す場として、ちょうどよい環境だった
というのが、放送大学で俗に言う「リカレント」している理由である。
最初はもう少し頑張って、卒業を目指してみようかなとも思っていたんだけど、やっぱ3コマくらいのペースでも、それなりに楽しめるので、そのまま続けていこうと思う。